2004年11月01日

テロとの決戦

◆「殺される理由ないのに」香田さん殺害でイラク国内に批判の声

 「この若者がこんなふうに殺される理由は何もないのに」−。香田証生さん(24)の遺体を30日夜発見したイラク人警官は、やりきれないという表情を見せた。日本人殺害事件は、残虐な事件には慣れているバグダッドや南部サマワの一般市民にも、強い怒りや悲しみを呼び起こした。

 イラク国防省のアサディ副大臣は「われわれは殺人を強く非難する。イラクの伝統やイスラムとは無縁の行為だ」と述べる一方、「イラクと日本との関係は強固であり、われわれは日本の支援を忘れない」と付け加え、事件が対日関係や復興支援に悪影響を及ぼすことへの懸念をにじませる。

 事件はイスラム教徒の信仰心が高まるラマダン(断食月)の真っ最中に起きた。バグダッドの電器商イマド・ハタブさん(35)は「この聖なる月に、神はこんな非道をお許しにならない。犯人は、イラクが不安定になればいいと思っているような連中だ」と語気を強めた。

 事件への怒りは陸上自衛隊が活動するサマワにも広がった。大学生サナア・アリさん(23)は「もしも日本に出て行ってほしいなら、(暴力に訴えず)そのように要求すればいいことだ」と怒る。「教師の母は最近、日本に招待されたが、素晴らしい人々だと言っていた。こんな悲劇が起きてしまい、申し訳ない気持ちだ」と肩を落とした。

<産経新聞:2004.11.01 (月)>


香田さんの遺体が発見されました。

犠牲者を悼む反面、なるべくしてなったか‥‥‥と言う気持ちがありますね。

大変残念でした。何が目的かは存じませんが、犬死にでしたね‥‥‥。せめて安らかな眠りをお祈りします。



イラクの方々が憤っておられるように、今回の事件を起こしたテログループの目的は「イラクの混乱」なのです。そしてそのテログループは国際テロ組織であり、地元イラクの宗教的指導者や族長達も手が届かない相手でした。

つまり今のイラクは「多国籍軍 VS 国際テロ組織」の状態になっているってことだと思います。

相手が攻勢に出てきていると言うことは、逆に相手もここが勝負所と考えていることに他なりません。

テロ(恐怖)による混乱か、軍(国の力)による形振り構わない秩序か。

この世に平和をもたらしたいのであれば、世界中の人々がイラクに秩序を打ち立てるために戦わなければならない。

日本も日本なりに、泰然として揺るがず、サマワの復興活動を続けることで、恐怖に勝利しなくてはいけない。

テロリストに敗北すれば、世界中にイラクと同様の泥沼化を狙った犯罪が起こることでしょう。

今のイラクは「国対テロ非対称戦争の分水嶺」と言っても過言ではないと思います。
posted by バビロン7 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テロとの決戦

◆「殺される理由ないのに」香田さん殺害でイラク国内に批判の声

 「この若者がこんなふうに殺される理由は何もないのに」−。香田証生さん(24)の遺体を30日夜発見したイラク人警官は、やりきれないという表情を見せた。日本人殺害事件は、残虐な事件には慣れているバグダッドや南部サマワの一般市民にも、強い怒りや悲しみを呼び起こした。

 イラク国防省のアサディ副大臣は「われわれは殺人を強く非難する。イラクの伝統やイスラムとは無縁の行為だ」と述べる一方、「イラクと日本との関係は強固であり、われわれは日本の支援を忘れない」と付け加え、事件が対日関係や復興支援に悪影響を及ぼすことへの懸念をにじませる。

 事件はイスラム教徒の信仰心が高まるラマダン(断食月)の真っ最中に起きた。バグダッドの電器商イマド・ハタブさん(35)は「この聖なる月に、神はこんな非道をお許しにならない。犯人は、イラクが不安定になればいいと思っているような連中だ」と語気を強めた。

 事件への怒りは陸上自衛隊が活動するサマワにも広がった。大学生サナア・アリさん(23)は「もしも日本に出て行ってほしいなら、(暴力に訴えず)そのように要求すればいいことだ」と怒る。「教師の母は最近、日本に招待されたが、素晴らしい人々だと言っていた。こんな悲劇が起きてしまい、申し訳ない気持ちだ」と肩を落とした。

<産経新聞:2004.11.01 (月)>


香田さんの遺体が発見されました。

犠牲者を悼む反面、なるべくしてなったか‥‥‥と言う気持ちがありますね。

大変残念でした。何が目的かは存じませんが、犬死にでしたね‥‥‥。せめて安らかな眠りをお祈りします。



イラクの方々が憤っておられるように、今回の事件を起こしたテログループの目的は「イラクの混乱」なのです。そしてそのテログループは国際テロ組織であり、地元イラクの宗教的指導者や族長達も手が届かない相手でした。

つまり今のイラクは「多国籍軍 VS 国際テロ組織」の状態になっているってことだと思います。

相手が攻勢に出てきていると言うことは、逆に相手もここが勝負所と考えていることに他なりません。

テロ(恐怖)による混乱か、軍(国の力)による形振り構わない秩序か。

この世に平和をもたらしたいのであれば、世界中の人々がイラクに秩序を打ち立てるために戦わなければならない。

日本も日本なりに、泰然として揺るがず、サマワの復興活動を続けることで、恐怖に勝利しなくてはいけない。

テロリストに敗北すれば、世界中にイラクと同様の泥沼化を狙った犯罪が起こることでしょう。

今のイラクは「国対テロ非対称戦争の分水嶺」と言っても過言ではないと思います。
posted by バビロン7 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月22日

日中情報戦争

とんでもない事実がアメリカCIAから公開されました。


◆中国の対日政治工作 70年代から本格化 CIA文書公開

影響力阻止狙う「策略」

 【ワシントン=古森義久】中国が1970年ごろから日本のアジアでの影響力拡大を防ぐために、あえて日本の内政に干渉し、日本の軍国主義や帝国主義の復活を宣伝するプロパガンダ(政治宣伝)工作を本格的に開始したことが、このほど解禁された米国中央情報局(CIA)の秘密文書から21日、明らかとなった。

 CIAは中国の一九四八年から七六年までの内政や外交を詳しく分析した国家情報評価の秘密文書約五百ページを十八日に解禁したが、その中には中国の日本に対する政策や工作に関する記述も含まれている。

 七〇年十一月の「共産中国の国際姿勢」と題する文書では、「北京政府は日本の内部問題への限定的な干渉を進めることを決め、軍国主義復活という帝国主義的な日本の亡霊を掲げる集中的なプロパガンダを開始した」と述べ、この宣伝工作は「アジアの伝統的な日本へのおそれをあおり、日本の影響力を断つことも目的とする外交政策上の策略」だと断じている。つまり、米国としては中国の対日宣伝の非難は事実に反する「亡霊」づくりとみていたことが明らかにされている。

 文化大革命の最中にあった当時の中国共産党首脳が日本に対しそうした動きをとるようになった背景の説明として、この文書は(1)日本は顕著な経済実績とアジアでの積極的役割拡大に向けた米国の支持により、北京にとりアジアで特別な存在となった(2)北京は日本の潜在的な軍事力と大東亜共栄圏復活への意図に懸念を抱き、とくに六九年十一月の佐藤・ニクソン共同声明での沖縄返還と日米同盟強化でその懸念を高めた(3)北京はこの声明が日本のアジアでの影響力拡大を奨励したとみて、日本が米国がアジアから撤退した場合に経済や軍事で中国を抑えてアジアでの主導的立場に立つことを恐れ、とくに台湾の保護者となることを阻止したいとしている−などを指摘している。

 文書は中国の対日工作の内容については、「日本の指導者、政治、アジアでのいわゆる野心などに対する硬直的で、口汚い攻撃的なプロパガンダ」と述べる一方、中国が日本への非難を激しくするのは「日本国内での中国側の政治的資産やテコが大幅に減り、文革の過激な言動のために中国のイメージも極端に悪化したため」、プロパガンダが日本国内であまり効果をあげないからだ、と分析している。

 中国の「日本国内での政治的資産」について、CIAの別の中国評価文書は一九六〇年代の状況として「中国への支援は日本共産党内の少数派の一部勢力や特定の過激派学生や労組の間に存在する」と述べながらも、日本共産党の親ソ連派に押されて大きな力はない、としている。
 中国の対日宣伝の総括的な効果について、七〇年の文書は「北朝鮮のほかには東南アジアの一部の人たちを印象づけたかもしれないが、日本人への影響は少なかった」と総括している。

<産経新聞:2004.10.22 (金)>(強調は引用者による)


論評は後ほど‥‥‥。
posted by バビロン7 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日中情報戦争

とんでもない事実がアメリカCIAから公開されました。


◆中国の対日政治工作 70年代から本格化 CIA文書公開

影響力阻止狙う「策略」

 【ワシントン=古森義久】中国が1970年ごろから日本のアジアでの影響力拡大を防ぐために、あえて日本の内政に干渉し、日本の軍国主義や帝国主義の復活を宣伝するプロパガンダ(政治宣伝)工作を本格的に開始したことが、このほど解禁された米国中央情報局(CIA)の秘密文書から21日、明らかとなった。

 CIAは中国の一九四八年から七六年までの内政や外交を詳しく分析した国家情報評価の秘密文書約五百ページを十八日に解禁したが、その中には中国の日本に対する政策や工作に関する記述も含まれている。

 七〇年十一月の「共産中国の国際姿勢」と題する文書では、「北京政府は日本の内部問題への限定的な干渉を進めることを決め、軍国主義復活という帝国主義的な日本の亡霊を掲げる集中的なプロパガンダを開始した」と述べ、この宣伝工作は「アジアの伝統的な日本へのおそれをあおり、日本の影響力を断つことも目的とする外交政策上の策略」だと断じている。つまり、米国としては中国の対日宣伝の非難は事実に反する「亡霊」づくりとみていたことが明らかにされている。

 文化大革命の最中にあった当時の中国共産党首脳が日本に対しそうした動きをとるようになった背景の説明として、この文書は(1)日本は顕著な経済実績とアジアでの積極的役割拡大に向けた米国の支持により、北京にとりアジアで特別な存在となった(2)北京は日本の潜在的な軍事力と大東亜共栄圏復活への意図に懸念を抱き、とくに六九年十一月の佐藤・ニクソン共同声明での沖縄返還と日米同盟強化でその懸念を高めた(3)北京はこの声明が日本のアジアでの影響力拡大を奨励したとみて、日本が米国がアジアから撤退した場合に経済や軍事で中国を抑えてアジアでの主導的立場に立つことを恐れ、とくに台湾の保護者となることを阻止したいとしている−などを指摘している。

 文書は中国の対日工作の内容については、「日本の指導者、政治、アジアでのいわゆる野心などに対する硬直的で、口汚い攻撃的なプロパガンダ」と述べる一方、中国が日本への非難を激しくするのは「日本国内での中国側の政治的資産やテコが大幅に減り、文革の過激な言動のために中国のイメージも極端に悪化したため」、プロパガンダが日本国内であまり効果をあげないからだ、と分析している。

 中国の「日本国内での政治的資産」について、CIAの別の中国評価文書は一九六〇年代の状況として「中国への支援は日本共産党内の少数派の一部勢力や特定の過激派学生や労組の間に存在する」と述べながらも、日本共産党の親ソ連派に押されて大きな力はない、としている。
 中国の対日宣伝の総括的な効果について、七〇年の文書は「北朝鮮のほかには東南アジアの一部の人たちを印象づけたかもしれないが、日本人への影響は少なかった」と総括している。

<産経新聞:2004.10.22 (金)>(強調は引用者による)


論評は後ほど‥‥‥。
posted by バビロン7 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月17日

8/15のこと

終戦記念日。

とかく敗戦国の泣き言が飛び交う滑稽な日です。

日本丸ごと戦争被害者と化し、戦争の悲惨さを大声で訴え、理由も不要、原因も不要、とにかく戦争を忌避しなさい、とテレビから新聞まで一色に染め上げていました。

正直うんざりである。そろそろ訴える相手と場所を変えてはどうだろう。

アメリカで上映会をするもよし、イラクでテロリストどもに訴えるもよし、中国北朝鮮で“核爆弾の被害”を知らしめてはどうか。

北朝鮮の拉致、韓国の竹島侵略、中国海軍船の侵入。ロシア、中国の軍事予算拡大。

以上のことが現在進行形で進められているのである。世界は再び大国同士のぶつかり合いへと歩を進めていると言っても過言ではない。そんな中で「平和・非戦・軍縮」を日本の中だけで訴えることの無意味さをそろそろ認識してほしい。



そうした無意味な活動の中で、特に自己矛盾に陥っているのが「戦争の記憶を風化させるな」というかけ声である。

「戦争体験者が高齢化することで当時の経験が忘れ去られてしまう。だから何とかして残さなくては。」と言うものである。そこに並ぶのは「夫や子供が戦争にとられた。」「物資を徴発された。」「酷かった、悲しかった。」というものである。その通りその通り、いちいちごもっとも。ということを50年くらいは続けただろうか。

残すべきはそれだけか?これらは全て個人の立場である。帝国主義のど真ん中で日本の舵取りをした経過を残さなくてはいけないのではないだろうか。

また、残そう残そうという一方で、有名無実化させられようとしているのが靖国神社である。理由はA級戦犯が合祀されているからだそうだが、これも戦争の記憶の一部である。様々な思いをはせ、国に殉じた人々が祀られている神社だ。そうしたものを風化するに任せ、一方被害者的感覚のみをクローズアップして残そうというのはいかがなものか。

日本は世界大戦を戦った国である。その国が終戦記念日に国内だけでジタバタ騒いでいるとは何ともバカげた話である。
posted by バビロン7 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

8/15のこと

終戦記念日。

とかく敗戦国の泣き言が飛び交う滑稽な日です。

日本丸ごと戦争被害者と化し、戦争の悲惨さを大声で訴え、理由も不要、原因も不要、とにかく戦争を忌避しなさい、とテレビから新聞まで一色に染め上げていました。

正直うんざりである。そろそろ訴える相手と場所を変えてはどうだろう。

アメリカで上映会をするもよし、イラクでテロリストどもに訴えるもよし、中国北朝鮮で“核爆弾の被害”を知らしめてはどうか。

北朝鮮の拉致、韓国の竹島侵略、中国海軍船の侵入。ロシア、中国の軍事予算拡大。

以上のことが現在進行形で進められているのである。世界は再び大国同士のぶつかり合いへと歩を進めていると言っても過言ではない。そんな中で「平和・非戦・軍縮」を日本の中だけで訴えることの無意味さをそろそろ認識してほしい。



そうした無意味な活動の中で、特に自己矛盾に陥っているのが「戦争の記憶を風化させるな」というかけ声である。

「戦争体験者が高齢化することで当時の経験が忘れ去られてしまう。だから何とかして残さなくては。」と言うものである。そこに並ぶのは「夫や子供が戦争にとられた。」「物資を徴発された。」「酷かった、悲しかった。」というものである。その通りその通り、いちいちごもっとも。ということを50年くらいは続けただろうか。

残すべきはそれだけか?これらは全て個人の立場である。帝国主義のど真ん中で日本の舵取りをした経過を残さなくてはいけないのではないだろうか。

また、残そう残そうという一方で、有名無実化させられようとしているのが靖国神社である。理由はA級戦犯が合祀されているからだそうだが、これも戦争の記憶の一部である。様々な思いをはせ、国に殉じた人々が祀られている神社だ。そうしたものを風化するに任せ、一方被害者的感覚のみをクローズアップして残そうというのはいかがなものか。

日本は世界大戦を戦った国である。その国が終戦記念日に国内だけでジタバタ騒いでいるとは何ともバカげた話である。
posted by バビロン7 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月09日

長崎原爆慰霊式典

8月は、生と死について考えさせられる

広島。

長崎。

終戦。

死のロード。(違)

今日は長崎に原爆が落とされて59年目‥‥‥。



◆長崎で59回目の平和祈念式典

 長崎平和宣言全文は次の通り。



 はたして世界のどれだけの人が記憶しているでしょうか。59年前の今日、8月9日、午前11時2分、米軍機から投下された1発の原子爆弾によって、まちは一瞬にして廃墟(はいきょ)と化しました。死者7万4000人、負傷者7万5000人。現在の長崎は、美しい街並みとなり、国内外から訪れる人で賑(にぎ)わい、人々は個性ある伝統と文化の中で暮らしています。しかし、このまちには、高齢に達した今もなお、原爆後障害や被爆体験のストレスによる健康障害に苦しみ続けている多くの人々がいるのです。そのような長崎市を代表する者として、すでに亡くなられた方々の苦しみをも深く思いつつ、世界に強く訴えます。



 アメリカ市民の皆さん。59年間にわたって原爆がもたらし続けているこの悲惨な現実を直視してください。国際司法裁判所の勧告的意見は、核兵器による威嚇と使用が一般的に国際法に違反することを明言しています。しかし、アメリカ政府は、今なお約1万発の核兵器を保有し続け、臨界前核実験を繰り返しています。また、新たに開発しようとしている小型核兵器は、小型といっても凄(すさ)まじい威力を持つものです。放射線障害をもたらす点では、長崎に落とされた原爆と違いはありません。世界の超大国が、核兵器に依存する姿勢を変えない限り、他の国の核拡散を阻止できないことは明らかです。アメリカ市民の皆さん、私たち人類の生存のために残された道は、核兵器の廃絶しかないのです。今こそ、ともに手を携えてその道を歩みはじめようではありませんか。



 世界の皆さん。今、世界では、イラク戦争やテロの頻発など、人間の生命を軽んじる行為が日常的に繰り返されています。私たちは、英知を集め、武力ではなく外交的努力によって国際紛争を解決するために、国連の機能を充実・強化すべきです。来年は被爆60周年を迎えます。国連で開催される核不拡散条約(NPT)再検討会議へ向け、平和を願う一般市民やNGOなど、地球市民による連帯の力を結集し、非人道兵器の象徴ともいえる核兵器の廃絶に道筋をつけさせようではありませんか。



 日本政府に求めます。日本国憲法の平和理念を守り、唯一の被爆国として、非核三原則を法制化すべきです。この非核三原則と朝鮮半島の非核化を結びつけることによって、北東アジア非核兵器地帯を生み出す道が開けます。それは同時に、日朝平壌宣言の具体化にも合致し、また、日本自らが核兵器に頼らない独自の安全保障のあり方を求めることにもつながるのです。



 若い世代の皆さん。今、長崎市では、被爆の実相や命の尊さを学ぶことにより、多くの若者たちが平和について考え、自ら行動するようになりました。私たちは、混迷を深める世界情勢の中にあって、この若者たちの情熱に希望の光を見いだしています。一人ひとりが平和の問題に関心を持ち、身近なところから行動することが、核兵器の廃絶と世界平和の実現につながるのです。長崎市は、これからも被爆体験を継承し、平和学習の拠点都市として、平和の大切さを発信し続けます。そして、皆さんとの強い連帯が生まれることを願っています。



 被爆59周年にあたり、原爆で亡くなられた方々の御霊(みたま)の平安を祈りつつ、長崎市民は、核兵器のない真の平和な世界を実現するために、たゆまず努力することを宣言します。

 2004(平成16)年8月9日

 長崎市長 伊藤一長

<産経新聞:20040809>

被害に遭われた方々のご冥福を改めてお祈りいたします。

59周年です。59年間、変わらぬ平和への祈りです。

しかし改めて全文を読み返すと、59年前から変わっていない祈りのようです。

当時核兵器の開発に成功したのはアメリカだけでした。ですからその当時ならアメリカ市民に核兵器の廃絶を訴えるのは筋が通っていました。

しかし59年間のうちに、ロシア(ソ連)、中国、イスラエル、フランス、イギリス、インド、パキスタン、北朝鮮と核兵器が広がり続けました。ですから今なおアメリカだけに核廃絶を訴えるのは誤っているのです。どうせなら核兵器を持っているとおぼしき国の名前を全てあげつらい、はっきりと指弾して欲しいものですな。「他の国」なんてごまかさずに。

 アメリカの小型核兵器ですけども、ブッシュ大統領は「開発の必要はない」と発言しています。推測で発言するべきではありませんね。ん?劣化ウラン弾のことでも言っているんでしょうかね‥‥‥。ありゃ安定した物質なんですが‥‥‥。

 こうして平和宣言を半世紀の間繰り返し発してきましたけども、彼らは具体的に説得するアクションを取ったのでしょうか。例えば核爆弾保有国に赴き、政府に直接宣言文を突きつけたりしたことがあるんでしょうか?あちこちでフォーラムを開いたりはしているようですが、本丸に飛び込んだ話はついぞ聞いたことがありません。

平和平和と唱えているだけではどうにもならないということを認識して欲しいものですね。

正直言ってただごとじゃなくなってきているのでそれは明日、触れたいと思います。

◆<美浜原発事故>蒸気噴出、4人死亡 営業運転で初の死者
国内の原発で営業運転に伴い死者が出たのは初めてで、県警は業務上過失致死傷容疑で捜査に乗り出した。外部への放射能漏れはないという。

<毎日新聞:20040809>

え〜、さて、原爆と同じウランを扱った発電施設で事故が起きました。

放射能漏れはなかったそうですが、4人が死亡、7人が負傷とのことです。

こちらの方々もご冥福をお祈りし、今後の運営に役立てるよう関電に希望したいと思います。
posted by バビロン7 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長崎原爆慰霊式典

8月は、生と死について考えさせられる

広島。

長崎。

終戦。

死のロード。(違)

今日は長崎に原爆が落とされて59年目‥‥‥。



◆長崎で59回目の平和祈念式典

 長崎平和宣言全文は次の通り。



 はたして世界のどれだけの人が記憶しているでしょうか。59年前の今日、8月9日、午前11時2分、米軍機から投下された1発の原子爆弾によって、まちは一瞬にして廃墟(はいきょ)と化しました。死者7万4000人、負傷者7万5000人。現在の長崎は、美しい街並みとなり、国内外から訪れる人で賑(にぎ)わい、人々は個性ある伝統と文化の中で暮らしています。しかし、このまちには、高齢に達した今もなお、原爆後障害や被爆体験のストレスによる健康障害に苦しみ続けている多くの人々がいるのです。そのような長崎市を代表する者として、すでに亡くなられた方々の苦しみをも深く思いつつ、世界に強く訴えます。



 アメリカ市民の皆さん。59年間にわたって原爆がもたらし続けているこの悲惨な現実を直視してください。国際司法裁判所の勧告的意見は、核兵器による威嚇と使用が一般的に国際法に違反することを明言しています。しかし、アメリカ政府は、今なお約1万発の核兵器を保有し続け、臨界前核実験を繰り返しています。また、新たに開発しようとしている小型核兵器は、小型といっても凄(すさ)まじい威力を持つものです。放射線障害をもたらす点では、長崎に落とされた原爆と違いはありません。世界の超大国が、核兵器に依存する姿勢を変えない限り、他の国の核拡散を阻止できないことは明らかです。アメリカ市民の皆さん、私たち人類の生存のために残された道は、核兵器の廃絶しかないのです。今こそ、ともに手を携えてその道を歩みはじめようではありませんか。



 世界の皆さん。今、世界では、イラク戦争やテロの頻発など、人間の生命を軽んじる行為が日常的に繰り返されています。私たちは、英知を集め、武力ではなく外交的努力によって国際紛争を解決するために、国連の機能を充実・強化すべきです。来年は被爆60周年を迎えます。国連で開催される核不拡散条約(NPT)再検討会議へ向け、平和を願う一般市民やNGOなど、地球市民による連帯の力を結集し、非人道兵器の象徴ともいえる核兵器の廃絶に道筋をつけさせようではありませんか。



 日本政府に求めます。日本国憲法の平和理念を守り、唯一の被爆国として、非核三原則を法制化すべきです。この非核三原則と朝鮮半島の非核化を結びつけることによって、北東アジア非核兵器地帯を生み出す道が開けます。それは同時に、日朝平壌宣言の具体化にも合致し、また、日本自らが核兵器に頼らない独自の安全保障のあり方を求めることにもつながるのです。



 若い世代の皆さん。今、長崎市では、被爆の実相や命の尊さを学ぶことにより、多くの若者たちが平和について考え、自ら行動するようになりました。私たちは、混迷を深める世界情勢の中にあって、この若者たちの情熱に希望の光を見いだしています。一人ひとりが平和の問題に関心を持ち、身近なところから行動することが、核兵器の廃絶と世界平和の実現につながるのです。長崎市は、これからも被爆体験を継承し、平和学習の拠点都市として、平和の大切さを発信し続けます。そして、皆さんとの強い連帯が生まれることを願っています。



 被爆59周年にあたり、原爆で亡くなられた方々の御霊(みたま)の平安を祈りつつ、長崎市民は、核兵器のない真の平和な世界を実現するために、たゆまず努力することを宣言します。

 2004(平成16)年8月9日

 長崎市長 伊藤一長

<産経新聞:20040809>

被害に遭われた方々のご冥福を改めてお祈りいたします。

59周年です。59年間、変わらぬ平和への祈りです。

しかし改めて全文を読み返すと、59年前から変わっていない祈りのようです。

当時核兵器の開発に成功したのはアメリカだけでした。ですからその当時ならアメリカ市民に核兵器の廃絶を訴えるのは筋が通っていました。

しかし59年間のうちに、ロシア(ソ連)、中国、イスラエル、フランス、イギリス、インド、パキスタン、北朝鮮と核兵器が広がり続けました。ですから今なおアメリカだけに核廃絶を訴えるのは誤っているのです。どうせなら核兵器を持っているとおぼしき国の名前を全てあげつらい、はっきりと指弾して欲しいものですな。「他の国」なんてごまかさずに。

 アメリカの小型核兵器ですけども、ブッシュ大統領は「開発の必要はない」と発言しています。推測で発言するべきではありませんね。ん?劣化ウラン弾のことでも言っているんでしょうかね‥‥‥。ありゃ安定した物質なんですが‥‥‥。

 こうして平和宣言を半世紀の間繰り返し発してきましたけども、彼らは具体的に説得するアクションを取ったのでしょうか。例えば核爆弾保有国に赴き、政府に直接宣言文を突きつけたりしたことがあるんでしょうか?あちこちでフォーラムを開いたりはしているようですが、本丸に飛び込んだ話はついぞ聞いたことがありません。

平和平和と唱えているだけではどうにもならないということを認識して欲しいものですね。

正直言ってただごとじゃなくなってきているのでそれは明日、触れたいと思います。

◆<美浜原発事故>蒸気噴出、4人死亡 営業運転で初の死者
国内の原発で営業運転に伴い死者が出たのは初めてで、県警は業務上過失致死傷容疑で捜査に乗り出した。外部への放射能漏れはないという。

<毎日新聞:20040809>

え〜、さて、原爆と同じウランを扱った発電施設で事故が起きました。

放射能漏れはなかったそうですが、4人が死亡、7人が負傷とのことです。

こちらの方々もご冥福をお祈りし、今後の運営に役立てるよう関電に希望したいと思います。
posted by バビロン7 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。