2009年10月31日

三遊亭円楽師匠大往生

◆【円楽さん死去】三遊亭楽太郎さん「ただただ悲しい」

 円楽さんの弟子で、来年に6代目円楽襲名が決まっている三遊亭楽太郎さん(59)は30日、今は話ができない状態として、コメントをFAXで発表した。

 全文は以下の通り。

 この度の師匠円楽の訃報に昨日(29日)接し、只々悲しい思いをしております。永年の人工透析に加え、何度もの大病のため体が弱っておりました。昨年9月3日の大師匠円生の命日の墓参の後、師匠宅で1時間ほどお話ししたのが最後の面会でした。その後、息子さんと電話で話し、体が弱っていることを聞き、近日中にお訪ねする予定をしておりました。

 昨日より博多に入り、本日より私のプロデュースの博多天神落語まつりが来月1日まであり、その後、広島での落語会がつながり、師匠の急変に間に合わなかったことが弟子として断腸の思いです。六代目の襲名も決定し、来年3月の円楽襲名に師匠である五代目がいないこと、さみしさと重い責任を感じています。

 皆様に生で対応するべき所、地方公演中であり。お客さま、仲間への対応に頑張って仕事をすることを師匠も望んでいると思います。スミマセン!

<2009/10/30:産経新聞>

物心ついた頃から、笑点の司会は円楽師匠でした。

馬面だの面長だの、笑っているだけでつとまる司会だの、色紙は鍋敷き代わりだの寄席若竹を潰しただの、さんざんな扱いをされていましたが、みんなに慕われる師匠なんだなと思いながら見ていました。

日曜日の夕方、バカバカしい笑い、屈託のない笑い、外連味のない笑い、その真ん中にどっかりと腰を据えていた人だと思います。

慎んで、ご冥福をお祈りします。

◆【円楽さん死去】『よぅ、あの世にいくよ』 言葉失う「笑点」メンバー

 「江戸っ子らしい亡くなり方。『よぅ、あの世にいくよ』。そんな感じで…」

 弟子の好楽さん(63)は、そう振り返った。円楽さんは25日に急に体調を崩したという。

 信念の人、だった。テレビやラジオで人気者になったが、師匠に「芸が荒れた」と注意されると番組をすべて降板。5年間、高座に集中して芸を磨いた。

 真打ち制度のあり方に異議を唱え、師匠とともに落語協会を脱退。その後の一門会を率いた。一門会が約40人の大所帯になったのは、信望を集めたゆえだ。

 脳梗塞(こうそく)で倒れたのは平成17年。長く司会を務めていたテレビ番組「笑点」の司会を勇退した。高座復帰を目指して19年2月、国立名人会に臨み、十八番の古典「芝浜」を演じたが、「だめだった。恥はさらせない」と引退宣言。弟子や後輩たちを静かに見守る道を選んだ。

 30日、福岡市中央区のホールで初日を迎えた「博多天神落語まつり」では、円楽の襲名が決まっている三遊亭楽太郎さん(59)ら「笑点」メンバー6人が気丈に高座をつとめた。

 開演にあたり、観客に「腹の底から笑って、明日のエネルギーにしてください。命がけの高座を楽しみに」と語りかけた楽太郎さん。「(ショックで)何も話すことができない」と報道陣の取材を断った。

 楽屋では三遊亭小遊三さん(62)が、ぼそりと「信じられない、としか言えません。落語界にいてくれないと困る人なのに」。

 一方、「笑点」の司会を継いだ桂歌丸さん(73)は、横浜市内の自宅で取材に応じた。「落語以外は器用にできない人。その不器用さが『笑点』を面白くした」と語り、「まだまだ教わりたいことがたくさんあった。これからの落語を考えていたのに…」と惜しんだ。

<2009/10/30:産経新聞>



posted by バビロン7 at 22:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 国内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

昨日は初めて人妻とドッキングしてきますた!!!!

舌先で尿道舐められるの初めてでオレ我慢汁出まくりwwwww
ディープスロートされた瞬間ソッコーで口内発射したら
当たり前のように全部ゴックンされてビビったわ(笑)

てか人妻とはいえ23歳でここまでしてくるって経験豊富すぎだろ!!!!
俺なんか30だけどついこないだまで童★だったぜ?(爆)

http://Tao.CHaLa-HEaD.com/lxobbkk/
Posted by ぷーやん at 2009年11月05日 02:44
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